ながさわさんのアレグロモデラート

アレグロモデラート(Allegro moderato)は、速さを示す演奏記号で「穏やかに速く」

誰も困らない選択肢≠全体最適



こんばんは。

こんな記事を見つけた。

<’09天下の秋>黒船襲来!も案外いいかも 3官僚(こっそり)本音(毎日新聞) - Yahoo!ニュース
--「政治主導」を掲げる新政権の与党、民主党の官僚批判はどう感じましたか。

 財務 与党になったことがないからこそ言えるセリフ。与党政治家は本来、厳しい判断は自分が背負わなければならない。サボって判断を先送りすると、官僚が「誰も困らない選択肢」に逃げこむしかない。そこが分かっていないのではと思ってしまう。


そうか。僕の言葉でいう「全体最適」が「消去法」になるのは、「誰も困らない」ようにするという発想によるものなのか。

ちなみに、行き過ぎた市場原理主義からの決別で書いた、「行き過ぎた市場原理主義」というのは、昨年10月からの、仕事がないときに、優秀なエンジニアをたたき売りしてしまった東京のIT業界のようなことである、とやっと理解しました。あれ以来、ITの市場経済はモラルと節度を失っており、大きな案件や需要があるにも関わらず、未だ業界全体が混迷しているのは、そのモラルと節度を取り戻そうとしているから、ということなんじゃないか。いや、これは、都市部に限ってしか言えないことかもしれないが。

さて。ITの市場経済が正常化するためにどのくらいの時間がかかるか。これは、下期の仕事の行方を検討するうえで、重要なポイントになりそうだ。昨今の政権交代による公共事業の削減は目に見えたこと。どのくらいの残りの仕事が、子請け、孫受けまでに落ちてくるか。また、その、残る仕事に要求されるスキルはどの程度のことであるか。仕事の絶対量が減ることはわかっているわけだから、特定の業種かフェーズに特化している、もしくは、特定かニッチか最先端のテクノロジに特化していなければ、この厳しい状況には対応できない、という考え方が普通だろう。

プロになって(ご飯を食べるようになって、という意味)というか、ソフトウェアの見積もりをするようになってから感じる、IT業界への違和感が、ふたつある。ひとつは、ソフトウェアの値段に関すること。もうひとつは、IT業界が、企業の情報システム予算に頼りきっているということである。前者は、また別の機会によくよく考えることにするが、後者については、コアコンピタンスが一般的な手法であると思うが、いわゆる、従来の「ITサービス市場」だけを相手にしていることに非常に違和感がある。もっともっと、他業種にもアンテナを貼り、自ら売り込んでいくことが必要なんじゃないかと、ベンダばかり回った東京出張のときに、痛烈に感じた。ITソリューションというものは、IEVBJ2EEだけじゃないのだから。そのためには、ロボットや他のデバイス、言葉は古いかもしれないが、ユビキタスといった考え方に触れることはもちろん、一見、何の関係もない業種と触れ合い、よく知っていくことが、肝要なんじゃないかなあ、と、そんなことを考えている。



「自由過ぎれば平等が失われ、平等が過ぎれば自由が失われる。」という言葉は、友愛の精神を的確にあらわした言葉だと思う。どこに、それぞれの到達点をおくべきかという議論はともかく、八場ダムにしても、IT業界の市場経済にしても、誰も困らない、ではない、全体最適を目指してほしいです。


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