心に残ったことば 2024(1/2)
毎年恒例の「心に残った言葉のみなさん」ですが、「心に残ったことば」とタイトルを変えて、今年もコメント書きます。受賞者には記念品を贈呈します。
長くなったので2つに分けます。1つめです。

【横綱】
名残惜しいですけどね…
受賞者:京都府 20代 男性
多忙の極みだった年度末を乗り越えてホッとしていたところに、小職の事業についての「会計監査」のようなことを実施するとの連絡があった。担当になった若い子に、開設間もない関西のしごとばに何度も足を運んでもらい、打ち合わせや書類の計算を幾度も重ねた。3ヶ月以上に渡って顔を合わせていると、情も乗ってきて、世間話にも花が咲くような仲になる。秋口にようやくすべての処理が完了したとき、お互いに、本来、招かれざる客人であったにも関わらず、担当の彼から出た言葉。こちらこそ、お世話になりました。
一生の宝物にします!
受賞者:滋賀県 女性(会社員)
システムエンジニアの小職は、毎年、海の日の連休で、同業の仲間たちと「開発合宿」というものをやっている。8年連続で、彦根のとある会社の合宿所にお世話になっていたのだけれど、今秋で閉館という知らせが。ここが気に入っていた仲間たちと、スイカ割りやキャンプファイヤー、スタッフのみなさんへの表彰状授与などの特別企画を実施し、最後のこの場所での時間を思い出に残した。
その一環で、この8年間の回想できる漫画を実妹に依頼し「合宿のしおり」の裏面に掲載。長年担当いただいた施設のお姉さんは、毎年しおりを楽しみしてくれており、その漫画に登場したこともあってか、感激してかけてくれた言葉。実妹も喜んだ。8年間のこの場所で過ごした時間も宝物。
【大関】
やだーーー!
受賞者:埼玉県 20代 女性(大学院生)
薬剤師を目指す彼女とは、彼女がやっとお酒を飲めるようになったぐらいのころから縁だったが、昨年はいよいよ、卒業、国家資格の試験に向けて勉強漬けの日々になっていた。
初夏に大宮を訪れる機会があって「同伴」したのだが、約束の日は、美味しい酒を飲み、美味しいものを食べ、思い切り羽を伸ばすと決めていたらしく、他愛もない会話で、決して楽しいとは言えない日常から解放されている嬉しさを、その「ちんちくりん」なからだから炸裂させるように、駄々をこねてみせた。
彼女がドレスに着替え、ボーイのお兄ちゃんと「やだー」はオバサンの言葉だと話題になり、そのときは小職もそう思っていたが、後日、思い返すと、人生の分岐点に正面から立ち向かっている、彼女の全力の言葉であったろう。応援しています。

そんなに頑張れるのは家族がいるからですか?
受賞者:栃木県 男性
新しいお客さんと仕事をする機会に恵まれ、年末に初めて客先を訪問。作業が昼をまたぐことになったので、株主優待が使えるから好きなものを食べてと、近所のステーキハウスに連れて行ってもらう。担当と顔を合わせて会話するのは2回目(リモートは何度もある)だったが、互いの生い立ちを探り合う中で「私は独り身で、好きなことにお金を使っていて、今の仕事も、何のしがらみもなく自由にやらせてもらっている。リタイア後は、好きな場所で好きなことをして暮らしたい。」と説明されたあと、小職に、なぜ、独立して、いろんな顧客の仕事をしているのかと聞かれた。大変ではないかと。
小職は既婚者で子供がいるように見えていたらしい。独身ではなく未婚と答えるようにしているのだが、なぜ頑張っているのか、明確な返答が思いつかない。ひとつ言えることは、父や母、兄弟も家族だろう。
【関脇】
忙しいのは理由にはなりません!
受賞者:石川県 女性(医師)
小職は睡眠時無呼吸症候群(SAS)であり、シーパップという医療機器を装着して寝ている。いや、正確に言えば装着して寝なければならない。装着データはキャリアの電波に乗せて、サーバーに送信されているのだが、シーパップは月に1度の医師による診察をしないと、レンタル料に保険が適用されない。
徐々に拠点を関西から北陸に移していくなかで、SAS のかかりつけ医も京都から金沢へ転院した。転院前のドクターは毎月同じことを聞き、同じことを言う。そして、装着時間が短くても来月は頑張りましょうね止まり。規則正しい生活と、夕食に炭水化物を食べないようにして減量したせいもあってか、症状は一時期より緩和されており、通院は仕事を休むための口実ぐらいに完全に高をくくり、晩秋の忙しさのなかで、ほとんど装着しなかった月があった。
毎月の診察が必要であることは、いわゆる「ビジネスモデル」であり、診察を受けることに意味があると軽い気持ちで、転院後の病院に診察に行くと、装着時間が短いことを「忙しくても寝てるでしょ!」とわりと本気で怒られ、ぐうの音も出なかった。
そういえば、頭に血が回っていない感覚は、完治しているわけではない。診察で怒られたことは新鮮で、困るのは小職自身であると思い知った。
緊急で PayPay 送金してくれませんか?
受賞者:滋賀県 20代 男性(寿司職人)
春に営業職を辞め、関西のしごとばで小職の営業事務を任せるようになった男の子がいる。彼には関西のしごとばの「代表戸締役 室長」に任命した。頼んでいる仕事は、フルタイムではないから、しばしの自分だけの時間を楽しむと、夏の終わりの数日間「ホームレスチャレンジ」とかいって、折り畳みテントをもって、大津から城崎を目指して徒歩で旅立った。なんかあったらいつでもゆってねと声をかけ、竹田城址の雲海を引き当てる運を持っていると写真を送ってきたかと思ったら、ほどなく、ギフトカード詐欺のようなメッセージが。
すごく愉快で、思わず「なに?その詐欺みたいなメッセージ?」と突っ込むと、財布を落としたのに気づかずに、食堂に入って注文を済ませてしまったと。急いでオンラインでカードを発行し、無事送金を済ませ、事なきを得る。
そんな彼は秋から寿司職人になるための学校へ行き、厳しい修行を経て、年末に卒業。年明けからは、職人としての仕事が決まっているそうです。そのうち小職のためにも握ってくれるって。

【小結】
何もしないのに、何者かになろうとしている
受賞者:東京都 30代 女性(自営業)
2000 年代後半に社会に出た、いわゆる「ゆとり世代」は、自主性をはぐくむという口実のもとに、グループワークばかりさせられ、教師の顔色をうかがって、正解を導いてきたそう。これは小職の言葉だと「食材を知らないのに、調理方法ばかり教えられている」という状態なのだが、その典型として、将来、誰にも負けない何かを成し遂げたい気持ちがあるが、それが何かわからないことを示す「オレはやるぜ!」「何を?」「何かを!」というやりとりが、当時の漫画かなにかで書いてあって、小職はよくこのやりとりを引用する。
このやりとりを掘り下げると「自分は何も知らない状態で過ごしてきたから、誰も思いつかないような新しいものを生み出せる」という発想になりがちだが、音楽や芸術など、考え方の根幹となるものがあるならともかく、時代に迎合して生きてきた何も知らない状態の人間が思いつくことなど、有史以来必ず誰かが考えている。
そして、この流れは、直近のハラスメント文化の中で、仲間や上司との距離の詰め方というコミュニケーションスキルの基本すら、それを強いることがパワハラになっており、個の尊重をしたところで、わからない人には教えられないし、叱られているという意識もないし、失敗したということも気づかない。
わからないことがあれば、Google に聞けばいいし、断片的な言葉から、生成 AI に何か作ってもらうことを、もう、止めはしない。
いっそ敦賀までなにもしないことにする
受賞者:該当者なし
2024 年はこれまで後回しにしてきた仕事上のトラブルがいくつも顕在化したが、中には、小職らに直接の責任がないことがいくつもあり、そういったトラブルの火種をこれ以上増やさないため、関係各所には、感情的な発言を解禁し、今後仕事を続けるかどうかを「ふるいにかける」ということをしてきた。
ところで、3 月に北陸新幹線が、敦賀まで延伸した。小職は、早朝の最速のサンダーバードを好んで使っていたので、所要時間こそ変わらなかったものの、京都、新高岡間の移動では、敦賀の乗り換え時に煙草を1本吸えるようになったことや、どの時間帯の電車でも、延伸前の最速時間になる(延伸前は 150 分 ~ 180 分かかる便もあったが、延伸後は全便がおおむね 120 分になった)ということに利便性の向上を感じた。
電車の中で仕事というのは、気分転換が変わって、わりとはかどるから、パソコンを広げることが多いのだけど、昨年は、移動のたびに、トラブルの電話がかかってきたり、チャットメッセージが来たりして、パソコンを広げることが苦痛だった。
秋口くらいから、これらは収まりはしてきたが、敦賀延伸の喜びを噛みしめる間もなく、それは当然のことになってしまった。川勝知事は辞任し、リニアは前に進んだが、昨年内に決まるはずだった、敦賀以西のルート選定は年を越すことになってしまった。

【前頭】
キャパを越えた仕事を請けるのは信じられない
すべてのゴミの出し方がわかれば、人生の悩み事はなくなる
受賞者:富山県 40代 男性(会社員)
若く結婚し、家も建て、子供も2人もうけ(あとは不倫しかすることがない)全うな人生を送る実弟の言葉。昨年は、彼の勤務先のネットワークのことや奥さんの勤務先のパソコンのこと、個人の MacBook が起動しなくなったので直してくれなど、少しはIT業界に身を置く兄貴らしいことができたかなと思っている。
仕事も至極順調のようで、何気ない会話の中で、民間企業で生きるために当たり前のことを訴えかけられ、小職はキャパを越えた仕事を請けているなとハッとした。帳尻は合わせているつもりだが、結果的に迷惑をかけてしまった顧客も少なからず存在する。システムエンジニアは「できない」と言ってはいけないという文化で育ってきたが、若いころに通用していたハッタリも利かなくなっているし、予算面や技術面で小職にしかできないことを頼まれている嬉しさはあるにせよ、そろそろ、本格的にできないことはできないと言わなければならない。
仕事というのは、やり方を覚え、経験を積み、工夫することで生産性をあげていくものである。しかしながら、ITの仕事は、技術が3年で変化し、完成品のかたちも客ごとに違うので「やり方」を決めてそれを繰り返すということは難しい。だから、中小企業は、技術者は客先に常駐させるというビジネスモデルに頼らざるを得ない。
また、設計や実装における「定型的なフォーマット」というものを決めていないのは、それぞれのフェーズで何をしなければならないかをわかっていれば、そんなものを作る必要はないからなのだが、手伝ってくれる人が増えてきた昨今、事業をもうひとつ軌道に乗せるために、決まっていたほうが時間がかからなくなることは積極的に決めていこうかと思っている。
ゴミの出し方もそういうことである。
続きます...