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ながさわさんのアレグロモデラート

アレグロモデラート(Allegro moderato)は、速さを示す演奏記号で「穏やかに速く」

政治とITをからめた話(また)

バブルがはじけ、オタクという言葉が文化としてみなされはじめたころ、時の総理大臣は、自民党に政権を取り戻した、橋本龍太郎だった。96年に京都に出てきて、情報処理技術者試験という、エンジニアとして業界に認められる資格を知ったばかりの僕に、当時、僕にとって、数少なかった、学校のセンパイが、就職活動のなかで、ある会社の面接官とこんな話をしたということを話してくれた。
「きみ、シスアドもってるんだね。いつとったの?。」
「えっと、95年です。」
「あーそうか、95年だったら、通産大臣が、橋龍のときのやつだね。僕は、あのときの証書がいちばん好きなんだよ。通商産業大臣橋本龍太郎、ってバーンって書いてあるの。あれかっこいいよね。」
「そうですよねー。僕も、証書に、総理大臣になる直前の橋本龍太郎の名前が入ってて、すごくうれしいです。出世しそうですよね。」
…と。

僕はそのとき既に2種を持っていたんだけど、僕の証書に記されていた大臣の名は佐藤信二というひと。とってもえらい先生なんだろうが、総理大臣にまでなった、岡山の英雄にはかなわない。だから、とてもうらやましかった。(注:佐藤信二氏は佐藤栄作元総理の次男。氏も特筆に価する人であることは変わりません。)

その後。
2種を取ってからというもの、1種、ネット、1種、ネット、1種、ネットと繰り返し受験するも、どちらも受からず、僕はいつの間にか就職しており、職歴もまる7年になろうとしていた。

忘れもしない。仕事が終わり、お客さんと一杯やっていた東京神田での呑み屋で、僕にきた上司からのメイル。
おめでとう。
ソフトウェア開発技術者 合格です。
資格証明を作りますので、明日忘れずに印鑑を持ってきてください。
僕の目標は、ネットワークスペシャリストであることは変わりなかったが、長く追い求めた念願のひとつであった1種に合格したことが半ば信じられず、飛び上がって喜びたかったが、お客さんの前であったし、さらに名前も1種ではなく、ソフトウェア開発技術者に変わっていたこともあり、その場ではぐっと喜びを押し殺した。ホテルは浅草だったと思うが、朝のコーヒーを買いに出た、ampmの店先で、僕は、当時の、僕をよく知るある女性へ電話をかけ、結果を報告し、彼女への感謝の意を伝えた。

とにかく、僕はいわゆる"1種"を取ったのだ。


証書は2種のそれと並んで、今も僕のワンルームに飾ってある。

しかし、1種(ソフトウェア開発技術者)のそれであっても、センパイのシスアドのそれには勝てない。僕の証書に記される大臣の名は、「経済産業大臣中川昭一」。

…orz。

「へろへろ会見で中川財務相釈明「薬飲み過ぎ」」:イザ!
中川昭一財務相兼金融担当相がローマで開かれた先進7カ国財務相中央銀行総裁会議G7)後に朦朧(もうろう)とした状態で記者会見に応じ、酩酊(めいてい)状態ではないかとされた問題で(以下略)

 
 
 
明日も寒くなりそうです。みなさま、くれぐれもご自愛ください。