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ながさわさんのアレグロモデラート

アレグロモデラート(Allegro moderato)は、速さを示す演奏記号で「穏やかに速く」

ダイアローグ(長文)

インフォメーションテクノロジー
なぜ、あんなに、マイクロソフトのことを悪く言うのかね。

そういえば、マイクロソフトが、ヤフーを買収しようとしたときに、ウェブ上のニュースの論調は「ヤフーの社員は、生粋のマイクロソフト嫌い」と書いてあったが、たぶん、それを地でいく感じだろう。気持ちは、非常に、よくわかる。


さて、僕の知る限りのマイクロソフトを整理してみる。(事実と異なる点があると思うので、以下を引用する場合は、事実を確認してから引用してください。)

1970年代後半、世界最初のパーソナルコンピュータといわれる「アルテア」用に(まだできてないのに)「BASIC言語が完成しました!」と、はったりをかまして、アルテアの開発者の興味をひき、約束した納期までに、BASICを納めたことが発端となっているマイクロソフト。このときに、アルテア用のBASICを作ったのが、創設者の、ビル・ゲイツポール・アレンである。(ちなみに、BASIC言語はこれより前に、ダートマス大学で作られている。)

8ビットパソコンが研究機関に配置されるようになり、彼らが、プログラミングに熱中しているさなかで、System360を擁する、「青い巨人IBM」は、家庭用のパーソナルコンピュータの開発にとりかかっていた。開発チームに与えられた時間は、トップダウンによる、非常に短い時間であり、買収に買収を重ねることで、期日を守ろうとしたが、どうしても、ひとつそろわないものがあった。それが、オペレーティングシステムである。
IBMは、当時の8ビットパソコンのスタンダードであった、CP/Mというオペレーティングシステムの販売権を得ようとしたが、CP/Mの版権を持つ、デジタルリサーチ社のゲイリー・キルドールは、その交渉の折に、旅行中で、IBMは契約を結ぶことができなかった。迫る期日に、頭を悩ませたIBMが声をかけたのが、マイクロソフトであったのだが、当時のマイクロソフトは、あくまでも、CP/Mなどのオペレーティングシステムの上で動くソフトウェアを開発する会社であったのであって、まさか、「青い巨人IBM」からの受注が、オペレーティングシステムだとは思わなった。あのIBMからの受注を、なんとかまとめようと躍起になっていた、マイクロソフトは、CP/Mをエミュレーションする、86DOSという、個人が作成したオペレーティングシステムを見つけ出した。マイクロソフトは、エンドユーザーが、IBMだとは明かさないまま、86DOSの全権利を、格安で買い取り、それにアレンジを加え、MS-DOS 1.0 としてIBMに提供した。そして、これは、IBM-DOSとなった。

同じころに、パロアルトで、Altoに出会っていたスティーブジョブズは、いわゆるGUIを、Machintoshとして、世に送り出していた。CUIであるMS-DOSの、次のフィールドは、グラフィカルな環境であることに間違いはなかったが、マイクロソフトにとってのそれは、経緯的に頭が上がらない、IBMの、OS/2であるはずだった。しかしながら、OS/2が、80年代後半から、90年代前半に、一般家庭まで浸透しなかったことをかんがみると、OS/2には、ハードウェア制約の厳しさや、オペレーティングシステム自体の品質、あるいは、性能に問題があったのだと思われる。一方で、そのころのMachintoshのOSであった、System7は、頻繁にフリーズするもので、まだ、マニアのものという感覚でしかなかった。
とは言うものの、マイクロソフトには、MS-DOSの上で動く、マイクロソフトのソフトウェアや、ロータス1-2-3、また、日本における一太郎を、UNIXX Window Systemのような、グラフィカルで、マルチタスクな環境で動かしたいという声が寄せられるようになる。結果的に、マイクロソフトは自社のソフトウェアを動かすために、GUIを開発することを決断したのだと思う。(かなり推測)

ところで、マイクロソフトには、いくつもの開発環境がある。MASM、MS-C、MS-Fortran、MS-BASIC、Quick-BASIC、Quick-C、Visual Basic、Visual C++、Visual C#.NETとVisual Basic.NET。お気づきの方もいるかと思うが、マイクロソフトは「言語」そのものを自社で作っていない。Cは、UNIXの副産物として、ベル研究所で作られたものだし、FortranIBMが作ったものだ。BASICは、前出のダートマス大学で、すでにできていたし、Visual Basicは、BASICWindowsに特化させただけのものである。本当かどうかわからないが、ボーランドDelphi(Object Pascal)がWindowsの開発標準となりつつあるなかで、マイクロソフトは、Visual Basicの開発ために、ボーランドのエンジニアを、多数引き抜いたといわれる。言うまでもなく、.NET Frameworkは、(Javaより優れた面はいくつかあるものの)Javaマイクロソフト実装であり、果てに、マイクロソフトは、ビル・ゲイツの後継者として、ロータスノーツの生みの親である、レイ・オジーを迎えるまでに至る。要するに、マイクロソフトは1から何かを、作り上げているわけでもないし、その実装に至っても、完全に自社で作り上げているとは言えない。

マイクロソフトインテルは、コンピュータ業界を「意図的」に支配しようとしているという言われ方をされてきているのだが、これまでの背景を整理すれば、「意図的」ではなく、単に必要に迫られているから作っているだけであって、本当は、オペレーティングシステムなんて、本当は、作りたいと思っているわけではないと思う。
開発環境がたくさんあるのも、仕方なくつくった、オペレーティングシステムの上で、一般的な言語を動かすための、環境づくりをしているだけなはずである。これは、消費者の需要を満たすことが最重要である、サービス業としては当然のことであって、彼らは、単に「ソフトウェアを作りたい」だけなんだと、僕は思っている。(主観)

これらをふまえたうえ、今日のダイアローグ。

「30年後にいまのパソコンが使えているとは思いませんけどね。」
「いや、そうとも限りませんよ。Windows XPは近年のWindowsとしては、5年の寿命があった。Vistaには、XPと比較した、いろいろな批判が寄せられているが、VistaをベースにしたOSの寿命は、延びていくだろうから、パソコンの寿命も、延びていくと思いますよ。」
「いやいや、XPから、Vistaが出るまでに5年もかかったのは、寿命ではなく、リリースできなかったんですよ。Vistaは、カーネルから作り直してますからね。OSの寿命と、新しいOSがリリースされることを勘違いしないでいただきたい!」
「うん…、確かに、それはそうかもしれませんね…。」


正論だ。これまでのオペレーティングシステムの寿命は2年か3年といわれてきたなかで、Windows Vistaと、Windows XPの間には5年もの歳月がある。これは、確かにかかりすぎだ。出せなかったという言い方は至極当然の言い方だと思う。

しかしながら、サービスパックを出しながらといえど、Windows XPを5年もひっぱったのは、Windows XPが、Windows NT系のオペレーティングシステムとして、成熟の域に達していたからであって、新しいオペレーティングシステムを、リリースする必要に迫られていたわけではないと思うのである。セキュリティホールはともかく、Windows XPに、何か、20年前と同じような不自由さを、感じたことがありますか?これは、Windows XPのサポート期間を延長する動きがあることで、十分に証明されていると思いますよ。


マイクロソフトのことを、悪だというのは、申し訳ないですが、時代遅れだと思います。彼らのオペレーティングシステムの上で、我々はVisual Basicを書いてきたんです。彼らのオペレーティングシステムがなければ、我々は、この15年の間、仕事ができなかったんです。難しいかもしれないですが、ビル・ゲイツには、たったひとつでもいいですから、お礼の言葉を用意してください。

パソコンは、我々の生活に、密接に関わりあっています。メイル、デジカメ、年賀状、そして、Googleと、我々の生活は、パソコンなしでは成り立たなくなりつつあります。ユーザのスキルはともかく、これから、その距離はどんどん縮まっていくでしょう。そう、それはテレビとか、ステレオのように。ブラウン管テレビの寿命は10年以上です。ステレオも、大事に使えば、テレビより長持ちします。パソコンもそうあってもらいたくないですか???



…なーんて。なんだ、この宗教的な議論。なんか、アツくなってるshin'さんもカッコ悪いね。パソコンなんて、なくても生きていけるのにね。
 
 

追伸:
実は、僕も、マイクロソフトはあまり好きじゃないです。(大笑)