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ながさわさんのアレグロモデラート

アレグロモデラート(Allegro moderato)は、速さを示す演奏記号で「穏やかに速く」

桃鉄

先週末くらいにshin'さんのモトローラ702iSが壊れてしまったので修理に出したのだが、その代替機がN904i。窓口のおねいさん曰く、「同じのは用意できないんですよ~、Nになってしまうんですがよろしいですか~?」日本製のドコモ端末は優秀で、ひととおりの機能は全部揃っているから、明らかに代替を越えた端末でだったのだが、ボディがオレンジで「もっとおとなしい色~ないですか~?」とか言い出す始末。なんてわがままなんだ、オレ。
結局、オレンジのNが2台しかなかったとのことなので、それをしばらく持つことになったのだが、標準で入っていたiアプリに桃太郎電鉄が入っていて、これが結構面白い。

桃太郎伝説が1987年ごろの作品で、さくまあきらのふんわりとしつつもていねいとした世界をハドソンのDNAである電車に持ちこんだのが桃太郎電鉄。終わりのないすごろくを楽しむ友達やいとこの姿を見て、僕は何が面白いのか、さっぱりわからなかったがのだが、

この歳になってみて、桃鉄はやっぱり面白かったんだと思う。
就職してから電車が好きなになったというのもあるだろうが、(オレは地方支線沿線出身なので、電車はあまり好きじゃなかった。キハ181系ならともかく、イエローとブルーのツートンのキハ40系は乗るのが苦痛だった。)多様なイベントやアイテム(カード)は非常に奥が深い。それらを駆使して、全国各地で購入した物件が春に収入となるとき、桃鉄の面白さが徐々に増幅されていく。お金はお金を生むが、それをキュートな貧乏神が邪魔をする。なんて楽しいゲームだ。こんなこともわからないくらい我慢できない子供だったんだなあ。

ともかく。このゲームには目的がない。ただ、桃鉄ワールドのなかで、設定した年の時間を楽しむ。これが当時のオレが理解できなかったことなのだ。少々、不謹慎な言葉になるが、時間の浪費である。でもゲームは時間の浪費。ピーチ姫を助けに行く目的があったとしても、ゲームはゲーム。目的があるということにプライオリティを感じたかったのか、友達と時間を共有するということがわからなかったのか。オレにとっては、どうも両方、正しかったようである。