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ながさわさんのアレグロモデラート

アレグロモデラート(Allegro moderato)は、速さを示す演奏記号で「穏やかに速く」

来年へのみちしるべ

ブログ 長いうえに何が言いたいかわからない文

ながさわさんは江戸にいます。フェイスブックに書くとみんなが見てしまうのでこちらに書きます。

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2016 年も終わろうとしていますが、今年は忙しく、充実した1年でした。年始は、昨年のやり残しの仕事でいろいろと消耗しましたが、6月の Japan SharePoint Group への初参加を経て、10月にはピンチヒッターで登壇しました。

www.slideshare.net

 

4月からはオンサイトの仕事をセーブして、場所を問わずに仕事できるように調整し、僕のネットワークプログラミングと方式設計ができることの強みが活かせるような仕事にも従事するようになりました。7月には、昨年からやりたいと言っていた、フリーエンジニアによる2泊3日のプロエンジニア開発合宿が実現でき、これは、仲間とのつながりを確固たるものとしました。

もともとは東京と一線を画して、大阪でできることをやりながら、これまでの経緯をたどるために粉骨砕身しようとしていたのですが、大阪へリソースを集約させようとする過程で、名古屋以西でまとまろうという発想になったプロエンジニアカンファレンスは、その実現のために、福岡、広島、岡山をたずねた秋口の日々を積み重ねます。

そんな中でも、僕に寄せれられる仕事のお話しは日に日に増え、毎日増える仕事の上澄みだけを処理していく日々が続き、プロエンジニアカンファレンスについては、当初考えていたことの半分もできなかったような気がしますが、僕の想定を超えるところであらゆることがすごいスピードで動き、当日はありがたいほどの盛況を見せました。泣きませんでしたが。(笑)

ただし、試験的にやってみたイベントであったのですが、参加された方の期待されていたものは様々で、いくつかの意見があったのも事実であり、これについては、来年への布石というか、フリーエンジニアの成果を発表するイベントとして、様々な形があるのだと思い知らされました。そして、ここで得たことを、来年に向けて、どのように昇華していくべきかを、いま、かんがえているところ。

仕事は確かに忙しかったですが、全体的にプロジェクトの動きが遅く、見積もりばかりやっていたというのが事実で、今年の売上は飛躍的に伸びたというわけではありません。ただし、こちらについては、来年以降への布石は確実に打てたと感じています。テレワークのノウハウも、わずかながら構築できてきた。

そのうえで、これらのいしずえとなっている、毎月の勉強会についても、今年は3Dプリンタが動き、いくつかのメディア展開を見せ、さらに、ライトニングトーク会は隔月開催にも関わらず、毎回着実に参加者が増え、大阪の2大勉強会となりつつある。そんななか、僕のグループウェア勉強会は、年始に一方的な仲間割れということがあったりはしたけれど、僕は、SharePoint および Office 365 ないしは グループウェアというものは、「生きていくための手段」というつまらないものではなく、「システム構築プロジェクト」または「日々の業務」というものを「円滑にまわしていくためのツール」であり、そしてその運用のためには「システムを構築するための知識」ではなくて、「リテラシーに近いなにか」が必要であると問うて、僕は、この姿勢を崩さずに、1年やってみた。(グダグダなことが結構あったが)

カンファレンスでも言ったように、来年、僕のセッションでは、大阪の勉強会全体のことを考えるという時間は、今度新しく立ち上がる、Java 初学者向けにわかるまで教えるという勉強会にシフトさせ、新しい体制において、来年の合宿、カンファレンスを迎えられるようにしていきたいと考えていたりする。また、この「わかるまで教える」勉強会については、リモート参加のためのアイデアをふんだんに盛り込み、こちらも新しい大阪のキラーコンテンツにしていきたいという思いもある。今年、メディア展開をを見せた大阪の勉強会は、来年は、それぞれが、もうひとつ先の目標が実現できるようにいろいろと施策していきたいと思う。たとえば、それは、新しい OSS プロジェクトの立ち上げであったり、何らかの製品化であったり、エンジニアーのタレント化であったり、僕がSharePoint で MVP を取ることであったりする。

そうやって考えたとき、いつも思い出すのは、NCSA Mosaic が、単なる楽しいソフトウェアプロジェクトでなくて、体制が組織化されたことによって、コントリビューターの士気が下がったとか、僕が20代のときの、仲間がお金が絡むようになった途端に、関係がおかしくなっていったという事実などである。おそらく、合宿も「目的を模索していたからこそ楽しかった」という側面があり、カンファレンスについても「試験的であったからこそ、みなが同じ方向を向いているように見えていた」ということであろうと考えると、これらのかじ取りは非常に難しく、いずれ訪れる衝突や棲み分けに対する伏線をどのように張っておくか。

そのうえで、僕は、何を目指しているのか。本来、2013 年から、大阪の勉強会を動かそうとしているのも、僕の動きがまずかったこともあって招いた、リーダーのフェイスブック退会という「セルフスティーブジョブズ」の穴埋めをしているというところがスタートであることもあり、明確な答えが見つからない。きっと彼のゴールは、ビジネス化(おカネ)というところであっただろうし、僕にもそういったところは否定できないが、僕は生涯システムエンジニアーないしは、ソフトウェアディレクターでありたいというところもあって、こういった調整、全体のディレクションについては本分ではない。

本分ではないからこそ、到達点の大義名分は必要であろう。何を目指し、2017 年を過ごすのか。「盛り上げる」以外の具体的ななにかで表現しなければならない時期にきている。そこには、起業はとっくの昔にやる気がない、システムエンジニアーでなければ保育士になっていた、高校のときは学者志望だった、しかし今ではシステムエンジニアー以外の仕事はたぶんできなくて、生涯一システムエンジニアーでありたいという感情は影響していくだろう。