ながさわさんのアレグロモデラート

アレグロモデラート(Allegro moderato)は、速さを示す演奏記号で「穏やかに速く」

「明日、ママがいないこと」の悲しさを、フルパワーで教えてくれ!

くだんのドラマについて。

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芦田愛菜が「ポスト」と呼ばれていること、三上博史が施設の子供たちに暴言を吐いたり、手を上げていることなどについて、著しく「現実と懸け離れたシーンが多すぎ」ることや、さらに、せっかく、国が進めようとしているグループホームに対して、「国民や世論の理解も得づらくなる」という論旨で、熊本の慈恵病院が、近く、正式に抗議文を出す予定とのことで、BPOも審理に入るとか、入らないとか。

親がいない子供についての差別については、芦田愛菜が正義の味方の役割を担っているということもあり、批判には当たっていないようだが、(里親に気に入ってもらうために演技できればいけないから)「泣いた者から食べていい」「おまえたちはペットショップの犬と同じだ」といった、三上博史の発言が現実と懸け離れているという。しかしながら、やっぱり、非現実な演出がドラマというものじゃないのかな。

むしろ、非現実な演出のなかで、子供やオトナの本音をえぐり出した描写には、本当の家族がいるということが、どんなに尊いものであるということを考えさせられた。強がっていても、子供は、お父さんやお母さんが好きなこと、手垢にまみれたオトナの都合で子供に必要以上の期待を強いる里親。親と子の関係というのは、当たり前すぎて、考えたことがないが、どちらかがいないさまを目の当たりにして、その大事さを改めて痛感させられる。
物語の舞台である「コガモの家」で吐かれている暴言が、現実に浴びせられるわけではないことは、テレビやインターネットだけを見ているひとでなければ、わかるものだと信じたいし、ポストに我が子を投函するということが、どんなに、悲しいことであるかということが、僕には、からだじゅうに伝わった。できれば、放送中止は避けてもらいたい。

さて。一連の報道と、野島伸司監修とのことで、僕は、もっともっと、「高校教師」や「家なき子」のときのような、しつこい描写が繰り広げられるのかと思っていたのだが、随所に「ごくせん」のときのような、ユーモアのある楽しいドラマに仕上がっているじゃないか。そして、何よりも、鈴木梨央ちゃんがすばらしい。(笑)バブル崩壊後のマイナーアイドルを愛する shin' さんとしては、久しぶりの理想的な、正統派アイドル子役だと思う。彼女は「Mother」での芦田愛菜の演技にあこがれてこの世界に入り、晴れて共演に至ったというから、喜びもひとしおだろうね。

彼女らは、オトナの事情を、たぶんわかっているだろうけれども、そして、彼女らも、「フィクションであるドラマ」を「仕事」として演じ、とても多くのひとが目にする地上波で放映される。オトナの事情が、いろんな議論を生み、新たな考え方を作り出している。年端もいかない彼女らが。なんとすごいことだろうか。後ろ向きな議論に負けるな。そして、親子の関係は当たり前すぎて気づかないが、実は、何事にも代えがたいということを、フルパワーで僕に教えてくれ!。(笑)


ごきげんよう。