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ながさわさんのアレグロモデラート

アレグロモデラート(Allegro moderato)は、速さを示す演奏記号で「穏やかに速く」

ちんぎる

遠征アルバム
なごやえき


社会人3年目の、23歳の秋に、名古屋に長期出張したとき、名古屋の人からすると、shin'さんの言葉は「shin'さん弁」(shin'さんのところは、本名の苗字)だと言われた。
なるほど、shin'さんが富山育ちであるがゆえの、名古屋の人が大阪に感じるイメージとは違ったインチキな関西弁と、富山にいるころから、標準語っぽかったというところの、関西人になりきれていない関西弁と、富山弁と、標準語の複雑なハーモニーを言った、非常に的を射た表現だと思った。
名古屋では、「~でしょぉ↓」や「~だもんでー」といった典型的な表現が身につくが、岐阜や愛知の土着の人と会話するなかで、富山弁が、東濃(とうのう;濃尾平野の東側)の言葉と共通点があることを知る。それは、例えば、東濃の言葉で、否定文を、肯定文の呼びかけにして表現する、「が」【ex)そんなこと言われてもわからんー↑】と、富山の言葉の、否定から肯定へ切り返すときに使う「が」【ex)そんなこと言われてもわからんいけどー↓】の「が」は、否定を和らげるという意味の同じニュアンスであると感じた。結果的に名古屋には、1年半いたし、大阪に戻ってきてからも、名古屋の人との交流はあったから、名古屋の人と会話をする言葉は、知らず知らずのうちに「富山の言葉」になっていった。関西で生活するshin'さんにとって、富山の言葉は頻繁に使われるものではないのだが、愛着は、日々、確実に増していっている。

今日、新しい客先への初出勤。shin'さんは、高ぶる気持ちを押さえきれず、あらゆることに、あれこれ言っていたのだが、見るからにとっつきの悪そうな、目つきの鋭いお客さんに、興奮しているのはわかったから、とりあえず落ち着け、みたいなことを言われた。(スケジュールが切迫しているので、単に緊張していただけかもしれない。)言われなくてもわかってるよって、シュンとしていたら、その空気を察したのか、その後の言葉は非常にやさしいものに変わった。
後に、そのお客さんから、仕事の対象となるシステムの説明があったとき、【システムの一部ではあるが、単独でも使えるサブシステム】のことを「これだけでちんぎって使えるもの」という表現をした。

あー。ちんぎって。久しぶりに聞いた。そういえば、この人は北陸方面の人だったと思い出した。口は良くないが、実は思慮深い関西人にしてみると、最初は、壁が高くとっつきが悪いが、仲良くなれば、ものすごく仲良くなれるというのが、富山の人だという。それは僕も非常によくわかる。なるほど、すべて、合点がいった。

むつかしいエンドユーザーのなかで、あまり、精神衛生上よろしいとは言いにくいプロジェクトでありそうではあるが、まあ、いい仕事ができそうに感じてます。これから、忙しくなりますので、みなさん、波動を送ってくださいませ。


Yくんへ私信。
おめでとう。メールはちゃんと読んでます。忙しくって返信できてないけど、落ち着いたころに、気の利いた返信しますので、よろしく。贈呈しました書籍は、新たな可能性に活用してください。



それではみなさん、おやすみなさい。